ナシゴレン、オランウータン、バティック、シラット、セパタクロー、トゥリマカシー…
これらを聞いてどの国を思い浮かべるでしょうか。
実はこれらは、全部マレーシアとインドネシアのどちらにもあてはまるトピックです。
このように、マレーシアとインドネシアには共通点がとても多いのですが、それはなぜだかご存知ですか?
この記事では、マレーシアとインドネシアが似ているとよく言われる理由と、違いについても詳しくお伝えしていきます。
マレーシアとインドネシアが似ている理由
この2カ国がよく似ていると言われるのは、昔からこの地域は人や文化の交流がさかんで、同じ文化圏の中にあったからです。
では、この地域にはどのような交流があったのか、みていきましょう。
マレーシアとインドネシアの交流

現在のマレーシアとインドネシア、そして周辺地域(一部のタイ南部やフィリピン南部までを含めた地域)を「東南アジアの海域世界」いいます。
そこには、各地域で独自の文化や慣習を持つ多様な民族が住んでいましたが、人や文化の交流も盛んでした。
それは、次のようなことがあったためです。
- 海をまたいだ王国が成立していた
- この地域がインド~中国間の交易ルートにもなっていた
そのため、各地域の独自性を温存しながらも、人や文化もゆるやかに混ざり合っていました。
では、この地域に誕生した「王国」について詳しくみていきましょう。
海を越える王国の誕生
東南アジアの海域世界の中でも、マラッカ海峡の両岸(スマトラ島東部とマレー半島)は、もともとは文化的に一つの海域世界をなしていました。

この地域には歴史的に様々な王国や勢力が興りましたが、中には、海をまたいだ王国ができたり、もともとの勢力拠点から場所を移動して海を渡った先でつくられた王国なども多く存在していました。
以下はその例です。
- シュリーヴィジャヤ朝|7世紀…マラッカ海峡をまたぐマレー人国家
- シャイレーンドラ朝|8世紀半ば~9世紀前半…マラッカ海峡に進出したジャワ島を起源とする勢力
- クディリ朝|10世紀初頭~13世紀…ジャワ島に王権を立てたバリ島を起源とする勢力
- マジャパヒト王国|13世紀…ジャワ島中東部に成立した王国で、14世紀にはスマトラ、バリ、ボルネオ、スラウェシまで広がったともいわれる
- マラッカ王国|14世紀…スマトラ島の王族がつくった王国
このように、マレーシアとインドネシア周辺の海域世界では、人々が海をまるで通路のように利用し、海をまたぐ王国、または海を渡った先での王国を作っていました。
それでは、この地域を中心とする「交易」がどのように人と文化の交流に影響を及ぼしたかをみていきます。
交易でますます栄えた交流
東南アジア海域はインド~中国間の交易ルートになり、人や文化の流入が進んでいきました。
マラッカ王国が栄えた15世紀以降には交易がますます活発になり、各地域から集まった人々が交易の場でコミュニケーションをする際には「マレー語」が共通言語として使用されました。
さらに、この地域に中東やインドから伝わった「イスラム教」を信仰する人々が増えました。
こうして多様性と同時に、「マレー語」や「イスラム」といった「共通性」も存在するようになりました。
また、交易を通じてインド・中東・ヨーロッパ・中国など様々な地域の人々もこの地域に移住するようになり、ますます多様性を深めていきます。
王国や交易による人と文化の交流で多様性と共通性が育まれたこの地域ですが、やがてヨーロッパが進出してくることによって状況が変わっていきます。
ヨーロッパの進出
この東南アジア海域に16世紀以降、ヨーロッパ各国が交易を目的として進出します。
- ポルトガル…16世紀にマラッカに進出
- オランダ…17世紀にジャワに進出
- イギリス…18世紀にペナン、19世紀にはシンガポールに進出
※ポルトガルはやがてこの地域での勢力を失いますが、東ティモールは保持します。
イギリスはおおむね現在のマレーシアにあたる領域、オランダはおおむね現在のインドネシアにあたる領域まで統治の範囲を拡大させます。
マレーシアとインドネシアに分かれる
1824年に英蘭条約が取り決められ、
イギリスとオランダの勢力圏の境界をマラッカ海峡とすることを決めます。
また、ボルネオ島でも同じように1891年にイギリスとオランダの勢力圏を確定する条約が結ばれました。
それまでゆるやかにつながっていたこの海域世界でしたが、こうしてイギリス領とオランダ領とに分かれていくことになります。

第二次世界大戦中は日本による植民地統治をそれぞれ経験し、戦後は旧宗主国のイギリスとオランダがそれぞれ一旦復帰します。その後、紆余曲折を経てマレーシアとインドネシアという別々の国として独立することになります。
イギリス領とオランダ領は、多くはそのまま現在のマレーシアとインドネシアの領土に引き継がれていきました。
- 旧オランダ領(オランダ領東インド)→ほぼ現在のインドネシア
- 旧イギリス領(英領マラヤ+英領ボルネオ)→ほぼ現在のマレーシア
ちなみにブルネイはイギリス領でしたが、マレーシアには加入せず1984年にブルネイとして独立しました。
以上が、マレーシアとインドネシアの交流の歴史です。
では次に、マレーシアとインドネシアの似ている要素・違う要素を具体的に見ていきましょう。
マレーシアとインドネシア ここが似てる

マレーシアとインドネシアは歴史的に人と文化の交流があったため、文化や宗教や言語などに多くの共通点がみられます。
なかでも似ているとよく言われているのが、言葉と国名です。
マレーシア語とインドネシア語
マレー語は、マレー半島を中心に、東南アジアの海域世界の交易のコミュニケーションにおいても昔から広く使用されていた言語でした。
マレーシアは、そんなマレー半島で広く使用されていたマレー語が公用語です。
イギリスの植民地であったことから、マレー語(マレーシア語)の中にはイギリス英語由来の単語も多くあります。
一方、10,000以上の島々から構成されているインドネシアは、各地域で使用されている言語はジャワ語、 スンダ語、バリ語、バタック語、ミナンカバウ語・・・など実に多様です。
インドネシアの初代大統領であり、インドネシアナショナリズム主導者でもあったスカルノは、「一つの言語インドネシア語」を提唱し、この「インドネシア語」に、交易などでインドネシアにも普及していたマレー語を採用しました。
つまり、インドネシア語はマレー語をもとにした言語です。
インドネシア語は、オランダ語由来の単語も多く含まれていたり、ジャワ語などの現地語の影響を受けた単語も多くあります。
国名が似ている
マレーシアとインドネシアはどちらも語尾が「シア」で終わっているのは、何か関係ありそうですね。それぞれの国名の由来をご説明します。
- 「マレーシア」の由来
マレー半島、スマトラ島、ボルネオ島沿岸部などの地名、あるいはそこに住む民族は昔から、「ムラユ:Melayu」といわれていました。
そこにギリシャ語で「国」などの意味を持つ接尾辞「ia」を足して、「マレーシア:Mayaysia」になったと言われています。
- 「インドネシア」の由来
「インドの」を意味するindoに、ギリシャ語で「諸島(複数系)」を表すnesiaを合わせたものです。
もともとの地域名の呼称に、ギリシャ語の接尾辞を合わせているところが両国で共通しています。
マレーシアとインドネシアはここが違う!

似ている要素がある一方で、違う要素ももちろん多くあります。
ここでは、両国が「多民族」といわれるときのニュアンスの違いと、イスラム教徒が多数派の両国で見られる服装の違いについて説明します。
「多民族」のニュアンスが違う
マレーシアとインドネシアはどちらも「多民族国家」といわれますが、実は「多民族」のニュアンスは両国で少し異なります。
- マレーシアの「多民族」
マレーシアの民族構成は、大きく分けると次のようになっています。
- マレー系:約69%(※マレー半島の少数先住民族やボルネオ島の諸民族も含む)
- 中国系:約23%
- インド系:約7% など
マレーシアの「多民族」の特徴は、主に19世紀頃の比較的新しい時期に中国やインドなどから移民した人々の子孫が各民族グループの主要構成員となっている点です。
マレーシアではイギリス植民地時代に錫鉱山開発やゴムの木のプランテーションが始まったことで、中国やインドから大量の移民がマレーシアに渡り、マレーシアに定着していったため、このような多民族の国家となりました。
- インドネシアの「多民族」
インドネシアの場合「多民族」とは、主に各地方に住む多様な土着の民族のことを指すことが多いです。
300を超える大小の民族を抱えるインドネシアは、現地語も文化慣習もあらゆるものが実に多様性に富んでいます。
それが、インドネシアの「多民族国家」です。
このように、「多民族」といっても、マレーシアとインドネシアではニュアンスが少し異なります。
同じイスラム教徒でもここが違う

マレーシアとインドネシアは、どちらもイスラム教徒が多数派の国です。
マレーシアでは約61%、インドネシアでは約88%がイスラム教徒です。
特にインドネシアは、世界一のイスラム教徒人口を抱えていることで有名です。
ただし、イスラム教徒の女性が髪をおおうためのスカーフである「ヒジャブ」を着用している割合は、圧倒的にマレーシアが多いです。マレーシアのマレー系の女性は、ほとんどヒジャブを着用し、肌の露出が少ない服装をしています。
一方インドネシアでは、イスラム教徒の女性のヒジャブ着用率や服装は地域によってはバラツキがあるのが特徴です。全体的にヒジャブを着用している女性の割合はマレーシアほど多くありません。
都心部などでは自由な服装をしている女性もいる一方、敬虔なイスラム教徒が多い地域ではヒジャブ着用率が高い傾向にあります。
まとめ
マレーシアとインドネシアが似ている理由と、両国の違いについてご説明しました。
マレーシアとインドネシアが似てると言われる理由は、次のようなものです。
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この地域は古くから海をまたぐ王権が誕生し、交易もさかんだったため、多くの人々が交流して影響し合い、共通する要素がみられたから
もともとは同じ文化圏だった地域が別の国に分かれてしまったのですが、両国に共通性がみられることから、インドネシアとマレーシアが似ているといわれることがあるのですね。
よく似ていると言われるこの二カ国の共通点や違いについて、ご理解いただけましたでしょうか。最後までお読みいただきありがとうございました。







