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東南アジアの特徴を知ろうー多様性と共通点

ベトナムのお寺 アジア地域の基礎知識
アジア地域の基礎知識

東南アジアを一度でも訪れたことがある人ならば、その多様性に驚いたことがあるのではないでしょうか。

たとえば、こんなことを感じたことはありませんか?

「同じ国の人でも、顔つきが全然違う」

「ある宗教の建物があると思ったら、そのすぐ傍には別の宗教の寺院がある」

「集団ごとに全然違う言葉で話している気がする」

東南アジアは民族、文化、言葉などの面で多様性に富む地域ですが、共通点もあります。

この記事では「東南アジア」という地域全体を見たとき、何が違い、何が共通しているのかという点について詳しく解説していきます。

この記事を読むことで、東南アジアへの理解がぐっと深まるはずです。



東南アジアの多様性

東南アジアの多様性

東南アジアはとても多様性に満ちた場所です。

東南アジアには、ヨーロッパや中東に存在していた「帝国」のように広い地域を統一する大きな権力は存在しませんでした。

それは、東南アジアの地形が大きく関係しています。

大陸部分では山脈が多く生活圏が分断され、海域部分では海を挟んで大小多くの島が存在していたので、この東南アジア地域をまとめられる大きな国家は誕生しにくい地形的構造になっていました。

そのため、各地域で独自の文化が育ち、そこに交易や植民地経験などによって外国からの影響も加わったことで、現在のように実に多様性に満ちた地域になったのです。

では、東南アジアの多様性が具体的にどのようなところでみられるのかをご紹介します。

東南アジアの民族

東南アジアは、すべての国が「多民族国家」です。

古くからその地に住む先住民族、アジア各地から移動してきた諸民族、中国やインド、中東など遠方からの移民など、実に多様なルーツを持つ人々が東南アジアの国々には生活しています。

東南アジア地域は、昔から大小の王国がいくつか存在する「ゆるやかな集合体」でした。

近代になると国境線や領土は徐々にはっきりしていきますが、19世紀半ば以降のヨーロッパによる植民地分割を経て、20世紀はじめ頃までにようやく現在につながる各国家の領域が確定しました。

そのため、同じ民族が複数の国に分かれて住んでいる例もあります。

たとえばモン族(Hmong)の場合、モン族としての国は持たず、中国、ベトナム、ラオス、タイに分かれてそれぞれの国で生活しています。

東南アジアは国ごとに公用語が異なりますが、一つの国の中で公用語以外の言葉もいろいろと話されています。

インドネシアでは、公用語はインドネシア語ですが、ジャカルタなどの大都市を除いて、各家庭または同じ民族集団の中の会話ではそれぞれの民族の言語(ジャワ語、スンダ語、バリ語など)でコミュニケーションをとります。

都心から遠く離れた地域では、国の公用語を解さず、自分の民族の言葉しか話せないという人も珍しくありません。

東南アジアの宗教

Asian monks

キリスト教徒が多数派のヨーロッパや、イスラム教徒が多数派の中東とは違い、
東南アジアでは信仰されている宗教も様々で、「東南アジアは○○教徒が多い」という言い方はできません。

東南アジアの国々の多数派の宗教は、大まかに次のように分かれます。

  • イスラム教徒が多い国…インドネシア、マレーシア、ブルネイ
  • 仏教徒が多い国…タイ、カンボジア、ミャンマー、ラオス、ベトナム、シンガポール
  • キリスト教徒が多い国…フィリピン、東ティモール

このように、見事なまでに各国の中での多数派の宗教も国によってバラバラなのには、外部からの影響を大いに受けてきた歴史が関係しています。

イスラム教は、13世紀以降にインド洋交易に従事するイスラム商人を通じて東南アジアの海域を中心に伝わりました。

仏教は、まず「大乗仏教」が中国経由で2世紀以降に東南アジア各地に伝わり、さらにスリランカ経由で「上座仏教」が13世紀頃までに伝わりました。ベトナムでは大乗仏教が残り、タイ、ラオス、カンボジア、ミャンマーでは上座仏教が広がりました。

キリスト教は、スペインがフィリピンを統治していた約300年の間に普及していきました。東ティモールもポルトガルの支配下にあった時代にキリスト教と出会い、その後インドネシアによる占領が始まるとキリスト教徒が本格的に増えました。フィリピンも東ティモールもカトリックが中心です。

このように、東南アジアでそれぞれの宗教が伝わったルートも時代も様々です。

さらに、どの国にも少数派の宗教を信仰する者もいます。

↓たとえば、仏教国タイの少数派であるイスラム教徒についてはこちらの記事で紹介しています。

宗主国だった国

タイを除く東南アジアの国は、すべて植民地の経験があります。

日本はタイ以外全ての東南アジアの国を一時植民地とした経験がありますが、東南アジアを植民地とした欧米の旧宗主国はバラバラです。

主な欧米の旧植民地は以下のようになります。

  • フランス旧植民地…ベトナム、ラオス、カンボジア
  • イギリス旧植民地…ミャンマー、マレーシア、ブルネイ、シンガポール
  • オランダ旧植民地…インドネシア
  • スペイン、アメリカ旧植民地…フィリピン
  • ポルトガル旧植民地…東ティモール、マラッカ(マレーシア)

そのため、旧宗主国から受けた文化的な影響や、独立後に引き継いだ政治制度も国によって異なり、それらが東南アジアの多様性をさらに広げました。

一つの国の中でも民族、文化、宗教など様々な要素があります。そして、それらの国々が集まった東南アジアという地域は、実に多様性にあふれているということがわかると思います。



東南アジアの共通点

稲作

では次は、東南アジアの共通点に着目してみましょう。

主食はコメ、主菜は魚

東南アジアの国は温暖で降水量が多いため、広い地域で稲が栽培されており、
主食はお米です。

またラオス以外は海に面していることから、 東南アジアの食事の主菜は魚がメインです。(ラオスもメコン川沿いでは魚を食しています。)

食材の調理の仕方は地域によってさまざまですが、「主食はコメ、主菜は魚」というところは東南アジア全体に共通しています。

中国とインドの影響を強く受けている

東南アジアは南シナ海とインド洋に囲まれているため、この東西の海洋貿易のルート(海のシルクロード)の中で発展していきました。

その中で、東南アジアは中国とインドの文化的な影響を強く受けることになりました。

中国からの影響

南シナ海の主な交易相手は中国で、人やモノの交流も多く、その過程で仏教も伝わりました。
中国からの仏教の影響を受けた遺跡は東南アジアに多く残っています。

特に有名なものが、大乗仏教の巨大寺院であるインドネシアのボロブドゥールです。

また、ベトナムは中国と陸続きであるため、交易による交流があっただけでなく、領土の一部は長く中国の統治下に置かれた時期もあり、仏教や儒教、漢字など中国の影響が東南アジアの中でも特に大きかった国と言えます。

インドからの影響

東南アジアではインドの影響も大いに見られます。

ベトナム中部には、インド文明を受け入れた時代にミーソンという寺院建築群が作られました。

カンボジアはインドから宗教や稲作技術も導入し、アンコール朝ではヒンドゥー教に基づいた世界観をもとにアンコールワットなどを建築しました。

また、古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」は、インドネシアやカンボジアの遺跡にそのレリーフが彫られていますし、タイでは「ラーマーヤナ」をもとにした「ラーマキエン」という物語もあり、至るところにインドからの影響が残されています。

現在でも使われているタイの王様の「ラーマ〇世」という呼称は、「ラーマーヤナ」に基づいています。

中国やインドからの影響を受けて伝わった文化や宗教は、東南アジア各地の土着の要素と融合し、中国ともインドとも違った独自の文化が東南アジアの各地で育まれることになりました。

寛容な人々

ここまで見てきたように、東南アジアは宗教や言語、文化、料理、衣装、伝統行事や習慣などすべてが多様です。そうした多様性を、排除したり無理に同化させたりすることなく、多様なままで共存させている例が多くあります。

たとえば、マレーシアやシンガポールではヒンズー教寺院のすぐ近くにイスラム教のモスクがあり、さらに少し歩くと仏教寺院があったりする光景は珍しくありません。

これらの地域に住む人たちは開放的で寛容な、おおらかな性格の方が多いようですが、それは東南アジアの国々が経験してきた歴史も少なからず関係していると思われます。

東南アジアは古くから交易で栄え、海外からの人やモノの交流が盛んで、各国からの移民も受け入れてきました。また、欧米や日本の植民地になったり、タイのように植民地にはされなくても欧米列強と取引や厳しい交渉を強いられてきたりするなどし、歴史的にずっと外からの影響を受け続け、翻弄されてきました。

そのため、異質なものにも、柔軟かつ寛容であらざるを得なかった運命にあったのでしょう。

まとめ

東南アジアは、この地域を収める大きな国家が存在しなかったことで各地域に独自性が育まれました。

さらに歴史的に外部からの影響を多く受けてきたことにより、民族、言語、文化、旧宗主国の影響などの多様性がますます深まりました。

一方で、共通点として、コメと魚をメインにした食事や、中国・インドからの影響、それらにより育まれた人々の寛容な性格などがみられます。

ぜひ東南アジアで、ダイナミックな多様性と、その中に確かに存在する共通点を感じてみてください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



参考文献:古田元夫『東南アジアの歴史』2018. 放送大学教育振興会
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