アジアの学歴社会といえば、熾烈な受験戦争で知られる韓国が思い浮かぶと思います。
しかし韓国だけではなく、実はアジアの多くが学歴社会です。
アジアの国は温暖でのんびりしたイメージがあるかもしれませんが、意外にも日本以上に学歴社会の国は多いのです。
この記事では、アジアの国々の学歴社会の実情をご紹介します。
韓国
韓国はご存知のように、日本以上の学歴社会です。
大学進学率は約70%で、日本の約55%を大きく超えています。
大学進学に必須の統一テストである「大学修学能力試験」が毎年11月に実施され、遅刻しそうな学生を送り届ける白バイが出動して毎年話題になっていますね。
韓国では、高校までは入学試験がありません。
つまり、大学入試こそが自分の学力だけで純粋に勝負できる人生で一度きりのチャンスであり、結果次第で将来も大きく変わってしまう一大イベントなのです。
たった一回のチャンスを絶対に無駄にしないため、高校生にもなると朝から晩まで勉強漬けです。
朝は早朝授業があり、さらに夕方からは補習授業が夜10-11頃まで行われます。韓国の高校は塾の役割も実質担っているので、予備校に行く学生は多くありません。
韓国が学歴社会である理由
1. 財閥系企業が大多数を占めている
韓国では、サムスン、ロッテ、ヒュンダイなどの財閥企業の総売上高がGDPの75%を占めています。一方で中小企業の数は少なく、その給与も大企業に比べて半分程度しかありません。
そのため、財閥系企業に入れるかどうかがその後の生活を大きく左右します。その第一関門が良い大学に入ることなのです。
日本では大企業に入社できないからと言って必ずしも負け組になるわけではありませんが、韓国は財閥系企業と中小企業の間の格差が激しく、ここが運命の分かれ道と考えている人が多いようです。
2. 大人や世間からのプレッシャー
儒教的な価値観が根付く韓国では、「子供を良い大学に入れるべきだ」という世間的なプレッシャーから、子供に大きな期待をかける傾向があります。また、学歴だけでなく社会的地位の高い職業につくことへの期待も高いようです。
近年では、教育目的でアメリカへ親子で移住する家庭も少なくありません。韓国では国内のトップ大学を出ても必ず就職できるとは限らないため、最初から英語が話せる環境に身を置き、海外の大学を目指そうと考える人たちも増えているのです。
台湾
台湾の大学進学率は90%以上にも及びます。
実は台湾は世界一の学歴社会と言われることもあり、韓国よりも大学進学率が高いのです。
ほとんどの人が大学に進学するので、差別化をはかるために海外の大学院に進学する人も多い傾向にあります。また修士号、博士号などを取得すると、その学位を正当に評価してもらえる風潮があることも進学を後押しする理由になっています。
台湾では、少し前までは高校や大学進学のための予備校が乱立していたこともありました。現在ではオンライン授業が増え、目に見える形ではわかりませんが、受験生たちは相変わらず学校や予備校に勉強漬けの毎日を送っています。
台湾が韓国と異なるところは、ほとんどの人が大学を出ているため、必ずしも 「高学歴=高収入」とはならない点です。
仕事においても、大学を出ているのはもはや当たり前なので、給与や昇進のための評価に大学のレベルは関係なく、実際の仕事のパフォーマンスにより評価されます。
台湾が学歴社会である理由
1. 台湾という国の特殊性
台湾は中国という大国との関係性から、常に危機管理の意識を持っています。
万が一の有事を想定して、知識や判断力やスキルを身に着けておくことが必要だと考えている人が多い台湾では、「良い会社へ入る」「人から尊敬される」という目先のことだけでなく、いかなる事態が発生しても対応できる能力を身に着けるべき切実な理由があるのです。
2. 中国の科挙制度の名残り
台湾は、中国大陸でかつて行われていた科挙制度の名残があるのではと考えられます。
中国で隋の時代に始まり、宋で整備された科挙制度。宋時代には、地方試験の後に中央試験があり、その後は皇帝による面接試験があるという序列システムが出来上がっていました。 実力さえあれば、誰でも官僚となれる仕組みが整っていたのです。
しかし大学進学率と教育費負担が増加する一方、大学を卒業しても就職先がなかったり、非正規雇用になる人が増えているなど、台湾も若者の雇用環境は厳しいようです。
タイ
意外かもしれませんが、南国のタイも学歴重視の社会です。
タイの大学進学率は日本よりも少し高い60%台です。
大ヒットした2017年のタイ映画『バッドジーニアス 危険な天才たち』は、タイの受験戦争の激しさを背景につくられたといわれています。
多くの高校生が大学進学をするようになったタイでは、人々は学業成績や大学受験に敏感になってきていて、成績の良し悪しが若者の自殺の原因になることもあるほどです。
タイでは、私立大学出身者に比べて国立大学出身者の方が圧倒的に優位と捉える傾向があります。それは、タイの受験制度では国立大学に合格出来なかった生徒が私立大学に進学する構造になっているからです。
また富裕層の子どもたちは海外へ進学するケースも増えており、留学先はアメリカ、イギリスなどの英語圏だけでなく、中国や日本の大学への進学を希望する生徒も大勢います。
タイが学歴社会である理由
タイ社会は基本的に格差を肯定する社会です。
タイは上座仏教の価値観が浸透しており、高い身分の人が敬われる傾向があります。また、20世紀初めまで続いていた「サクディナー制」という身分制度の考え方が今でも残っていることも、階級差を肯定する理由と考えられます。
実際、タイでは出身大学が給料や昇進に大きな影響を与えており、高い学歴があることがタイ社会の上位へ入ることの必須条件となっています。
↓格差を肯定するタイの社会構造についてはこちらの記事をご参照ください。
シンガポール
「頭脳国家」といわれることもあるシンガポールでは、優秀な人材を早いうちから養成するため、小学校6年生から成績による進路分けが始まります。
シンガポールの全ての小学校6年生は「初等教育修了試験」PSLE (Primary School Leaving Examination) というものを受験し、この成績に基づいて中学でのコースが分けられます。
まずこの試験で良い成績をおさめて上位のコースに入れるよう、多くの子供は低学年から塾通いなどでとても忙しくなります。
その後も何度か進学のたびに試験があり、ずっと良い成績であれば大学に進学できるエリートコースを歩むことができます。一方、そこまで良い成績でない場合でも別のコースが用意され、そこで実用的な技術を身につけることができます。
成績優秀者でないからといって振り落とされるのではなく、それぞれのレベルに合った進路が用意されるシステムのため、個人の特質や能力を活かせるようになっています。
シンガポールの大学進学率は40%弱ですが、国内に大学は8校しかなく、いずれも超難関校です。シンガポールで大学生になれるということ自体が数々の試験を優秀な成績で通過してきた優等生であることの証です。
その反面、競争の過熱が子供や親にとって大きなストレスになっている状況を受けて、シンガポール政府は「暗記詰め込み型」から「革新・創造力重視型」への教育改革を行ったり、試験の回数や宿題量の軽減などの対策を行っています。しかし親たちの意識の変化は遅く、相変わらず子供たちは塾や習い事でストレスの多い毎日を過ごしているようです。
シンガポールが学歴社会である理由
シンガポールは小さな国土で資源にも乏しいため、唯一の資源は人材です。
そのため、シンガポールでは優秀な人材はもちろん、どんな人であっても国の発展に貢献できるよう適材適所の人材を育成するシステムが構築されています。
「一人も無駄な人材をつくらない」という気概すら感じる無駄のないこのシステムには、さすがとしかいいようがありません。
ただ、小さいうちから既にある程度の将来が決まってしまい、その後の人生の大逆転が難しかったり、エリートコースを歩む人とそうでない人との格差が歴然となってしまう、という問題点もあります。
フィリピン
最後の学歴社会はフィリピンです。
フィリピンの大学進学率は約38%です。これだけでは学歴社会という感じはしないかもしれません。
しかし、フィリピンの国公立と私立を合わせた大学の数は2,000校を超えており、これはアメリカに次ぐ多さです。(日本は2020年時点で781校)
アジアは私立大学よりも国公立大学が優位とみるところが多いですが、フィリピンの場合は私学教育も盛んで、私立の優秀な大学もあります。大学全体の約70%は私立大学です。
ただフィリピンでは就職難が続いているため、国内で就職するためには大学を出た後にさらに資格を取得したり、公務員試験を受けるなどする場合も多いです。
フィリピンが学歴社会である理由
1. 高等教育の歴史が長い
フィリピンは17世紀から始まる長い大学教育の歴史があり、一部の大学はスペインやアメリカ植民地時代のエリート養成機関の流れを汲む名門校です。
フィリピン最古の大学はスペインによる植民地統治時代の1645年に創設されたサント・トマス大学。フィリピンの大学教育は実は歴史が古く、名門大学は高い教育水準を誇っています。
2. 国家に頼れない事情
フィリピンはお世辞にも公的サービスが整っているとはいえず、公立の学校や病院は品質が十分でなかったり、また警察や政治家の不正や怠慢がみられるなど、安心して国家に頼ることができない状況です。
そうした危機感から、フィリピンでは多くの人が国家に頼らず自力でキャリアや人脈を築いて豊かな生活を手に入れたいと願っています。そんな、「自らの手で未来を切り開こうとする人達」がフィリピンの学歴競争の中にいるのです。
3. 英語力と学歴があればチャンスが広がる
英語も公用語となっているフィリピンでは、大学の授業は基本的に英語で行われており、フィリピン人の英語力はアジアトップレベルです。
フィリピン国内では自分の学歴と努力に見合った仕事に着くのは容易でないため、英語力に加えて学歴・専門知識があるフィリピン人には「高度人材として海外で働く」という選択肢もあります。
またITが普及した近年では、コールセンターや企業のバックオフィス業務など、フィリピン国内にいながら海外の企業の業務の一部を請け負う「IT-BPOビジネス」や、ここ数年で急速に普及したオンライン英会話講師などの仕事が増えており、大卒で英語力もあるフィリピン人にはチャンスが広がっています。
↓近年のフィリピンの大躍進については、こちらの記事でも紹介しています。
まとめ
アジアの学歴社会には、ほとんどの人が大学へ進む台湾のような国から、全体の進学率は高くなくとも選抜された超エリートのみが大学へ進学できるシンガポールのような国まで、様々なパターンがあります。
学歴社会の実態やその理由には、各国の国内事情が大きく影響しています。
日本では「学歴社会」は否定的に捉えられることの方が最近では多いと思いますが、アジアの各国を見ると必ずしもそうとはいえません。
日本とは社会構造など様々な事情が異なることもあるのでしょうが、アジアにおいて学歴とは、本人の努力や工夫、あるいは社会を生き抜く力を証明するものと言える側面もあると感じます。
そもそも、学歴とは本来そういうものですね。
最後までお読みいただきありがとうございます。アジア理解のお役に立ちましたら幸いです。
参考文献
- 水野俊平『韓国の若者を知りたい』岩波書店. 2003
- 水野俊平『台湾の若者を知りたい』岩波書店. 2018
- 田村慶子編著『シンガポールを知るための65章 第4版』明石書店.2016
- 大野拓司ほか編『現代フィリピンを知るための61章 第2版』明石書店.2009
- 井出穣治『フィリピンー急成長する若き「大国」』中公新書.2017
- 野本響子『子どもが教育を選ぶ時代へ』集英社.2022
- 中野円佳『教育大国シンガポール 日本は何を学べるか』光文社新書.2023