カレーといえばインドを思い浮かべる人が多いでしょう。
けれども、「インド以外の国のカレーとはどう違うのか」と聞かれると、うまく説明できないかもしれません。
実は、南アジアのカレーは国ごとにまったく異なる顔を持っています。
同じ「カレー」という言葉の裏に、宗教や気候、人々の暮らしが息づいています。
本記事では、インドを中心に南アジア各国のカレーの違いをわかりやすく紹介し、スパイスが語る文化の多様性をたどります。
この記事を読めば、今までいまいちわからなかった「インドのカレーと、インド以外の南アジアのカレー」との違いがわかってきます。
南アジアとは?カレーが生まれた地域の広がり

「南アジア」とは、インドを中心に、ネパール・パキスタン・バングラデシュ・スリランカなどが含まれる地域を指します。
ヒマラヤ山脈からインド洋まで続くこの一帯は、気候も宗教も驚くほど多様です。
北には小麦文化とイスラムの影響が強い乾燥地帯が広がり、南には稲作と仏教・ヒンドゥー文化が根づく熱帯の海岸地帯があります。
この「多様さ」こそが、カレーという料理をこれほど豊かにした最大の理由です。
そもそも「カレー」という言葉はインドの言語ではありません。
タミル語で“肉や野菜を炒めた料理”を意味する「カリ(kari)」が、イギリスによって“スパイスを用いた煮込み料理や汁物”を表す「カレー(curry)」と呼ばれるようになったと言われます。
つまり、もともとは「おかず」を指す広い概念であり、南アジアではそれぞれの地域が独自のスパイスと食材で“自分たちのカレー”を生み出してきたのです。
インドのカレー|スパイスと地域性の宝庫
インドのカレー文化は、ひとことで言えば「多様性の凝縮」です。
北・南・西・東でまったく味も香りも異なり、宗教や歴史が料理にそのまま刻まれています。
とりわけ、人口の多数を占めるヒンドゥー教徒の価値観が食文化に深く根づいており、牛肉を避け、菜食を重んじる傾向が広く見られます。
北インドのカレー:濃厚でクリーミーなグレイビー


北インドのカレーは、クリーミーで濃厚な味わいが特徴です。
ムガル帝国の宮廷料理に端を発し、中央アジアの肉料理の伝統とペルシャの香辛料・調理技法が融合することで、現在の北インドのカレーが形づくられました。
乳製品やナッツを使ってじっくり時間をかけてつくる濃厚なカレーが発達し、「バターチキン」「パーラク・パニール」などが代表的です。
トマトや玉ねぎを長時間炒めて作るグレイビーに、ギー(バターオイル)の香りが加わり、ナンやチャパティと合わせて食べるスタイルが一般的です。
また、イスラム教徒の多い地域では羊肉やビーフのカレーも多く、香ばしいスパイスと油を使った「マトンカレー」や「ニハリ」などが人気です。
南インドのカレー:軽やかで香草が香る


南インドのカレーは、ココナッツや酸味のあるタマリンドなどを使ったスープのようなカレーです。
熱帯性気候に属する南インドは、降水量が多く米を主食とする地域でもあるため、汁気の多いサラサラとしたカレーを米にかけて食べるスタイルが定番となっています。
カレーの具には魚介類が使われることも多いですが、宗教的にも菜食主義者が多く、野菜と豆を中心にしたヘルシーな構成が主流です。
西インドのカレー:菜食と異文化が交差する


西インドでは、ジャイナ教徒を中心に肉を使わない菜食カレーが主流です。
米と小麦の両方が主食で、パニール(インドのチーズ)を使ったカレーも人気です。
また、南西部のゴアはかつてポルトガルの拠点だったことからキリスト教徒が多く、インドでは珍しく豚肉や牛肉を使ったカレーも見られるなど、独自の食文化が育まれています。
東インドのカレー:魚とマスタードが香る、湿潤な米文化

(ココナッツミルクで仕上げるエビカレー)

(西ベンガル州の定食)
東インドでは、川魚を使ったマスタード風味のカレーが広く親しまれています。
豊かな川やデルタ地帯に恵まれているため、稲作が盛んで米を主食とし、川魚も多く取れる環境にあります。
味付けにはターメリックやマスタードシードなどが多用され、素朴ながらも香り高い料理が特徴です。
隣接するバングラデシュと食文化の共通点も多く、湿潤な気候と水系が育んだ“魚と米の国”ならではの味わいが息づいています。
このように、一言で「インドのカレー」といっても、実際には海外からの影響や気候、宗教など様々な要素が重なり合い、長い時間をかけて各地方で育まれてきたインドの多様性の産物なのです。
その結果、インドのカレーは単なる料理を超え、地域の歴史と暮らしを映し出す「文化の器」として、多様で奥深い魅力を放っています。
バングラデシュのカレー|魚とマスタードの国

バングラデシュのカレーは、魚とマスタードの香りが際立ち、米とともに味わうスタイルが特徴です。
かつてイギリス領インドのベンガル地方の一部だったこの国は、現在もインドの西ベンガル州と食文化を共有し、“ベンガル料理”という文化圏を形成しています。
豊かな水系と湿潤な気候のもと、イルィッシュ(Hilsa)などの川魚を使った家庭料理が発達し、マスタードオイルとマスタードシードが香りの決め手となります。
ギー(バターオイル)を使うインドやパキスタンとは異なり、油そのものが風味の主役。
主食は米で、汁気の多い魚のカレーに豆のスープ「ダル」や、潰した野菜や魚を香味とともに和えた「ボルタ」を添え、辛味・酸味・苦味のバランスを楽しむのが一般的です。
バングラデシュのカレーは、イスラム教圏でありながら肉より魚を中心とし、インド的なスパイス使いと東南アジア的な魚の旨味が交差する独自の風味を持っています。
ネパールのカレー|素朴な家庭料理「ダルバート」

ネパールのカレーは、豆と野菜の旨みを活かした、素朴でやさしい味わいが特徴です。
ヒマラヤの山あいに位置するこの国では、ヒンドゥー教と仏教が共存する穏やかな宗教文化のもと、質素で調和を重んじる暮らしが今も続けられています。
主食は「ダルバート(Dal Bhat)」と呼ばれる豆のスープとご飯の定食で、数種の副菜や漬物、カレー風の汁物が一皿に並びます。
ダルバートの味つけは、スパイスは控えめで、クミンやターメリックをほんのり効かせ、塩加減や素材の甘みが引き立つ味が基本。
スパイスよりも塩加減と豆のうま味、野菜の甘みが主役です。
寒冷な山地では油や乳製品をあまり使わず、あっさりとした温かみのある料理が好まれます。
菜食が中心ですが、祭りや来客時には鶏肉やマトンのカレーが添えられることもあります。
ネパールの「カレー」は、スパイス文化を受け継ぎながらも、宗教的価値観と自然環境、そして慎ましい暮らしの知恵の中で独自の形をとっています。
パキスタンのカレー|肉と油の香りが主役

パキスタンのカレーは、イスラム文化を背景に、スパイスの香りと油のコクを活かした濃厚な肉料理です。
宗教上、豚肉は禁じられていますが、牛・羊・鶏などの肉を使ったカレーが主流。
代表的なカレーには、牛すね肉を長時間煮込む「ニハリ」や、ひき肉の「キーマ」などがあります。
トマトと玉ねぎをベースにしたグレイビーに、油とスパイスの香りが重なり、チャパティやナンとともに味わうのが定番です。
料理のルーツはムガル帝国の宮廷文化にあり、ペルシャや中央アジアの影響を受けたビリヤニやヨーグルト煮込みも人気。北インド料理とも共通点が多いです。
スパイスはクミンやカルダモンなどを油で炒める「タルカ」の技法で香りを引き出します。
インドのカレーよりも辛さは控えめなことが多く、香りとコクを楽しむ“深みのカレー”と言えるでしょう。
パキスタンのカレーは、宗教が禁じるものと許すものの境界線の上で、「肉をどうおいしく食べるか」という工夫の中から進化しました。
肉を中心に進化したパキスタンのカレーには、信仰と暮らしの知恵が息づいています。
そこには信仰・歴史・生活の匂いがしっかりと刻まれています。
スリランカのカレー|スパイスとココナッツの調和

スリランカのカレーは、強い辛味と豊かな香りにココナッツのまろやかさが重なった、南国らしい軽やかな味わいが特徴です。
インド南端の沖に浮かぶこの島国は、シナモンやクローブなど香辛料の宝庫として古くから知られています。
食卓では「ライス&カリー」と呼ばれる定食スタイルが一般的で、ご飯のまわりに魚・豆・野菜など数種のカレーを少量ずつ盛りつけ、辛味・酸味・甘味が一皿の中で調和します。
料理にはココナッツが欠かせず、オイルやミルクとして使われることでスパイスの刺激をやわらげ、南アジアのスパイス文化に東南アジア的な軽やかさを添えています。
スリランカのカレーは、南アジアのスパイス文化を引き継ぎながら、海の向こうの東南アジアにも通じる軽やかさを持っています。
南アジアのカレー比較まとめ
インドから広がったカレー文化は、同じ「スパイス料理」でありながら、国ごとにまったく異なる顔を見せます。
ここで、南アジア各国のカレーの特徴を一覧表でみてみましょう。
| 国 | 味の特徴 | 主な素材 | 宗教・文化の影響 |
|---|---|---|---|
| インド | 地域差が大きく、多彩なスパイス使い | ギー、豆、野菜、鶏肉など | ヒンドゥー教中心。牛肉を避け、菜食文化が根づく |
| バングラデシュ | 川魚とマスタードの個性 | 魚、マスタードオイル、チリ | 水とともに生きる国。イスラム教圏の中でも独自の風味 |
| ネパール | 素朴で家庭的、塩気控えめ | レンズ豆、野菜、米 | ヒンドゥーと仏教の共存。質素な暮らしの味 |
| パキスタン | 肉中心で濃厚、香り高い | 羊肉、牛肉、ヨーグルト | イスラム教文化。肉のうま味を生かす調理法 |
| スリランカ | 辛味と香り、ココナッツのまろやかさが際立つ | ココナッツ、チリ、魚 | 多民族・多宗教。海とスパイスの国ならではの軽やかさ |
こうして見てみると、南アジアのカレーは、その土地の歴史や宗教、気候、そして人々の暮らしが反映された文化の表現だといえます。
それぞれのカレーには、地域の記憶と日常がしっかりと刻まれていて、その国の豊かな個性が感じられます。
南アジアのカレーを知ることは、その国を理解すること、そしてアジアの多様性を知ることにつながります。
そしてこの多様なカレー文化が、海を越えて東南アジアへと渡り、さらに新しい香りの世界を広げていきました。
この記事が南アジアのカレー、そして南アジアの国を深く知るきっかけになれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
参考文献:
- 笠井亮平『インドの食卓 そこに「カレー」はない』2023. 早川書房
- 地球の歩き方編集室『世界のカレー図鑑 101の国と地域のカレー&スパイス料理を食の雑学とともに解説』2022. Gakken
- ハウス食品株式会社監修『世界のカレー図鑑』2019. マイナビ出版
- 森枝卓士 監修『みんな大好き!カレー大百科 カレーのはじまり物語』2017. 文研出版










