本記事では、カンボジアのおすすめ映画を10本ご紹介します。
カンボジア映画の特徴は、1970年代に政権を握ったクメール・ルージュ時代の経験や、その影響を少なからず描いた作品が多くを占めているということです。そこを避けては通れないほどにカンボジア社会に計り知れない影響をもたらした出来事でした。
また、海外で製作された作品が多いのもカンボジア映画の特徴です。
そんなカンボジア映画を観てみたいと思ったら、ぜひ本記事で紹介しているカンボジア映画を参考にしてください。
尚、本記事で紹介する「カンボジア映画」とは、製作国がカンボジアの作品だけでなく、製作国を問わずカンボジアを主な舞台やテーマとしている作品を含みます。
カンボジア映画でよく描かれるテーマ:
貧困、歴史的なトラウマ、家族の絆、搾取、都市と農村、子供の人権
東南アジア各国の映画事情については、こちらの記事をご覧ください。
カンボジアの失われたロックンロール
- 原題:Don’t Think I’ve Forgotten: Cambodia’s Lost Rock & Roll
- 製作年:2014年
- 製作国:アメリカ、カンボジア
- 監督:ジョン・ピロジー
多くの人にとって、カンボジアには内戦や貧困などの暗いイメージが今も強く残っているかもしれません。
本作は、1950-1970年代前半のカンボジアの様子を映像で伝えており、そこでは音楽、映画、ファッションなどの華やかな文化が花開き、豊かで笑顔にあふれた人々が登場します。
「カンボジアにこんな素晴らしい時代があったのか」と驚愕するような映画であり、従来のカンボジアのイメージが覆るかもしれません。
中でも、本作でフィーチャーされているカンボジア音楽の豊かさには特筆すべきものがあります。カンボジアの伝統音楽に海外の影響がミックスされたカンボジアロック(クメールロック)が、若者を中心に当時の人々を熱狂させていたようです。
作品後半では、そんな幸せな時代が嘘だったかのように、ベトナム戦争を経てクメール・ルージュ時代へ突入し、長い暗黒と停滞の時代が描かれます。
カンボジアには負の時代のイメージがあまりにも強すぎ、その前に豊かな時代があったことについてはあまり知られていません。しかし、この映画はカンボジアに豊かで素晴らしい時代が確かに存在していたことを教えてくれます。
映画『カンボジアの失われたロックンロール』は、こちらの記事で詳しく紹介しています。
キリング・フィールド
- 原題:THE KILLING FIELDS
- 製作年:1984年
- 製作国:イギリス
- 監督:ローランド・ジョフィ
1984年製作のイギリス映画。
1975年から1979年まで続いたクメール・ルージュ政権の実態は当時は謎に包まれており、政権が崩壊した後になってはじめて、そこで大量虐殺や拷問が行われていたという実態が少しずつ明るみになっていきました。
本作は政権崩壊からわずか数年で作られており、歴史的評価が定まるのを待つのではなく、いち早く世界中にその実態を知らしめたという意味で勇気ある作品と言えます。実際、映画公開時にはまだクメール・ルージュ政権への世間的認識は定まっておらず、この映画が公開されると批評家の間で賛否両論が巻き起こりました。
クメール・ルージュが狂気の沙汰であったと評価するのは簡単ですが、彼らが政権をにぎることになったのは、アメリカによる度重なる空爆で国内が大混乱に陥り、クメール・ルージュが力を持つ隙を与えるほどにカンボジアが追い詰められていった事情があったことも考慮する必要があります。本作では、アメリカ軍によるニェクロン誤爆の様子が描かれています。
友情で結ばれたアメリカ人記者シドニーとカンボジア人通訳のプランですが、二人が離別した後、プランが強制キャンプで無数の遺体を前に絶望しているまさにその瞬間、シドニーが華々しい瞬間を迎えるシーンがあります。かつてともに過ごした2人のあまりにも違う境遇に、運命の残酷さを感じる印象的な場面です。
最初に父が殺された
- 原題:First They Killed My Father: A Daughter of Cambodia Remembers
- 製作年:2017年
- 製作国:アメリカ
- 監督:アンジェリーナ・ジョリー
クメール・ルージュによって一変してゆく日常を終始「子供の目線」からとらえた作品。
豊かで発展していたプノンペンをクメール・ルージュが制圧すると、すべての市民は農村部へ退去させられ、個人の荷物はほとんど没収されます。やがて家族とも引き離されて、集団生活に投げ込まれます。
子供にとっては、大好きな家族、安心出来る家、お気に入りの洋服やおもちゃなど、自分の周りにあるものが人生のすべて。しかし、ある日突然それらがすべて奪われてしまったら…その恐怖は計り知れません。
ただただ状況も理由もわからないまま大好きなものと引き離され、ひたすらつらい日常を耐えた子供たちの気持ちが丁寧に描かれています。
子供目線で見ることで改めて、クメール・ルージュの罪深さを再認識します。
ドーナツキング
- 原題:The Donut King
- 製作年:2020年
- 製作国:アメリカ
- 監督:アリス・グー
カンボジア難民としてアメリカに渡った後、ドーナツ事業で大成功し「ドーナツキング」と称された、テッド・ノイの栄光と凋落を描くドキュメンタリー。
カルフォルニア州にあるドーナツ店は、その90%以上をカンボジア系アメリカ人が経営しています。そして、それらの店にはすべてテッド・ノイが関わっているといわれるほど、計り知れない功績を残した人物です。
本作は、ただ「アジア人によるアメリカンドリームの実現」を描いた映画というだけでなく、ある種の「因縁」めいたものも感じさせます。
というのも、大量のカンボジア難民が生まれた背景にはカンボジア国内での内戦があり、その内戦の背後にはアメリカの存在があったからです。
カンボジア難民であったテッドが、内戦の影響でアメリカに渡り、そこでアメリカの象徴の一つともいえるドーナツで大成功し、さらに思いもよらない人生の顛末を迎える・・・という展開にはなんとも皮肉な縁を感じます。
カンボジア内戦という悲劇が導いた数奇な運命を辿ったアメリカのカンボジア難民の人生について知ることができる作品です。
シアター・プノンペン
- 原題:The Last Reel
- 製作年:2014年
- 製作国:カンボジア
- 監督:クォーリーカー・ソト
ちょっぴりやんちゃな女子大生ソポンは、古びた映画館で偶然ある映画に出会いますが、その映画はなぜか最後のシーンだけが失われていました。
映画の謎を追い、失われたシーンを自分たちでつくりあげようと奮闘する中で、クメール・ルージュ時代の暗く悲しい過去と向き合うこととなります。
最後には予想もしなかった展開が待ち受けていて、脚本の妙が光ります。
「クメール・ルージュ時代をカンボジアの若い世代はどの程度知っているのか」、「この時代の記憶を当事者達は自分の中でどう整理してきたか」という視点が描かれ、また違った切り口からクメール・ルージュ時代を考える作品になっています。
消えた画 クメール・ルージュの真実
- 原題:L’image manquante
- 製作年:2013年
- 製作国:カンボジア、フランス
- 監督:リティ・パン
10代の頃にクメール・ルージュの悪夢を経験し、家族や友人達を多数亡くしながらも生きのびた壮絶な経験をもつ、リティ・パン監督の作品。
わずかに現存していた当時の映像と写真、そしてカンボジアの土でつくった「人形」で、クメール・ルージュ時代の様子が再現されています。
土でつくった人形と言っても、粘土のようなものではなく、一体ずつ小刀で削りながら細かい部分を整え、丁寧に色が塗られて作られた人形です。そうして作られたおびただしいまでの数の人形が、一つ一つのシーンにあわせて登場します。そこにかけられた労力と熱量には、すさまじいほどの執念を感じます。
クメール・ルージュが人民に強いたのは、抵抗せず、意見を発さず、まるで人形のように従うことでした。抵抗した人々は皆処刑され、生きるためには人形のようにならざるを得なかったのです。
本作では、クメール・ルージュが行った数々の残虐な行為が、感情を排除した淡々とした口調で語られます。その対比は、かえって不気味さや恐ろしさを浮き彫りにさせています。
作中では歴史的な背景の説明は少ないため、クメール・ルージュ時代について基本的な背景を学んでから鑑賞されるのがおすすめです。
father カンボジアへ幸せを届けたゴッちゃん神父の物語
- 製作年:2018年
- 製作国:日本
- 監督:渡辺考
タイトルに「father」とあるように、この映画は実際にカンボジア難民14人の里親となった「ゴッちゃん神父」こと後藤文雄氏のドキュメンタリーです。
ゴッちゃん神父はさらに20年にわたりカンボジアに19もの学校も建設しました。
そう聞くと、志にあふれた熱い人物かと思うかもしれませんが、聖人君子のような人物というよりは、あたたかく気さくな普通のおじさんという印象です。
彼をここまで突き動かしたのは、目の前の人に手を差し伸べる優しさと、それを実現する行動力でした。
カンボジア難民の里親になったのは、他にやってくれる人がいなかったから。カンボジアに学校を作ったのも、心を病んでしまった里子の願いを叶えてあげたかったから。
大きなことを成し遂げようと意気込むのもいいですが、目の前の一人の人を幸せにし、出会いを大切にし、時には流れに身を任せることも大事なのかもしれません。
ゴッちゃん神父の里子たちは、日本で長年暮らしたため皆日本語が堪能です。彼らがカンボジアで経験した地獄が「日本語で」語られることによって、経験者の本音が翻訳された言葉以上にずっしりとした現実味を持って伝わってきます。
FUNAN フナン
- 原題:Funan
- 製作年:2018年
- 製作国:カンボジア、フランス、ベルギー、ルクセンブルグ
- 監督:デニス・ドゥ
クメール・ルージュ時代を伝えるアニメ映画。監督はフランス生まれでカンボジアにルーツを持つデニス・ドゥです。
クメール・ルージュが首都をおさえ、市民がプノンペンから農村へ退去させられる中で息子とはぐれてしまった母親が、強制キャンプでの過酷な日々を生き抜きながら息子を探し続けるというストーリー。
本作はフランス語のアニメであることから、同じクメール・ルージュ時代を扱ったその他の映画に比べるとリアリティには欠けるかもしれません。
ただ、何があっても子供をあきらめない母の愛を軸に置くストーリーや、アニメならではの映像表現などの惹き込まれる点もあります。
また、アニメであることによって生々しさが軽減され、クメール・ルージュ時代を描いた映画を観るハードルが下がるという利点もあるかもしれません。
僕たちは世界を変えることができない。
- 製作年:2011年
- 製作国:日本
- 監督:深作健太
医大に通い、不自由のない暮らしを送りながらも「なんだか毎日満たされない」という思いを抱く大学生。そんな時に「150万円の寄付でカンボジアに小学校が建つ」というチラシを偶然目にし、資金を集めてカンボジアに学校を建てたという実話に基づいた物語です。
本作では、意図的に視聴者にギャップや違和感を感じさせるシーンがいくつかあります。
たとえば、「カンボジアに小学校を建てる」という崇高なミッションに対し、その動機が「なんだか毎日満たされない」という贅沢な悩みであるというギャップ。
モノや娯楽に溢れる日本での快適で豊かな暮らしと、病気が蔓延し教育も行き届かないカンボジアの現実とのギャップ。
そのギャップや違和感はやがて主人公達を苦しめますが、それは本作の核心部分にもつながっていきます。
後半のカンボジア現地訪問のシーンはドキュメンタリーのような雰囲気で、クメール・ルージュ時代の痕跡を目の当たりにして衝撃を受ける俳優達の表情はとてもリアルです。
貧しいながらも元気いっぱいに生きる、現地カンボジアの子供たちの美しい瞳と無邪気な笑顔が強く印象に残ります。
ボヤンシー 眼差しの向こうに
- 原題:BUOYANCY
- 製作年:2019年
- 製作国:オーストラリア
- 監督:ロッド・ラスジェン
東南アジアの漁船労働者の実態を描いたオーストラリア製作映画。
カンボジアの貧しい村で暮らす少年は、その生活に嫌気がさし、危険を承知で出稼ぎの漁船に乗り込みます。ところが、そこでは想像をはるかに超える過酷な世界が待っていて…。
漁船は沖に出てしまえば密室と同じで、中で行われていることは誰からも気付かれることなく、危険な現場になる可能性があります。
映画での労働者達の置かれた境遇には目を背けたくなるほどですが、現実には漁船で奴隷同然に働かされる労働者達は何十万人もいるとも言われ、出稼ぎ労働者たちの悲しいニュースも後を立ちません。
私たちの口に入る魚介類は、このような世界と無関係とはいえるのだろうか?と考えると、この映画の世界が決して遠い話ではないことに気づきます。
まとめ
おすすめのカンボジア映画10本をご紹介しました。
カンボジアは、かつては多くの映画が製作されるほど文化的に充実していた時代(1960-1970年代)がありました。
しかし、クメール・ルージュ政権下で文化的なものがすべて否定され、それまで存在していた多くのフィルムのほとんどが消失しました。
その後も、内戦や政情不安などによりカンボジアで映画が再びつくられるようになるまでには長い時間がかかったことから、現在観ることのできるカンボジア映画は比較的近年製作された新しい作品がほとんどです。
また、カンボジアを舞台として海外で製作された作品が多いのもカンボジア映画の特徴です。
本記事が、カンボジア映画とカンボジア社会をより深く理解するための参考になれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。











