東南アジアは歴史的に中国とインドからの影響を強く受けてきた地域です。
東南アジアにみられる中国的要素には、例えばチャイナタウンや旧正月、風水の習慣などがあります。
では、インド文化が東南アジアに与えた影響には何があるのでしょうか?
実は、東南アジアを訪れると、遺跡建築物や王宮、文化や芸術などさまざまなところでインドからの影響が非常に色濃く残っていることに気づきます。
本記事では、東南アジアに伝わったインド的要素について詳しく紹介します。
この記事を読むことで、東南アジアで見られるインド的要素には何があるのか、その理由も含めて知ることができます。



東南アジアへ伝わったインド的要素

東南アジアの海域は、古くから東シナ海とインド洋の交易の中継点として発展していました。
交易がさかんになると、インドからは交易品だけでなく、宗教や思想、文化など多くの要素がもたらされました。
以下では、東南アジアでみられるインド的要素の例をご紹介します。
インドから伝わった王権思想
東南アジアには、インドからやってきたバラモン(バラモン教やヒンドゥー教の司祭階級)によって「王権思想」も持ち込まれました。
そしてこれが東南アジアの様々な王国の成立に大きな影響を与えました。
人口が少なく権力基盤も弱かった東南アジア各地の王国は、インドの王権思想という外来の権威を利用して国内の優位性を確保しました。
インドの王権思想をベースにして国づくりを行った例をいくつかご紹介します。
タイの歴代王室

現在は仏教徒が95%以上という圧倒的多数のタイですが、タイではあらゆる面でインドの要素を見ることができます。
中でもタイ王室は歴史的にインドの王権思想を戦略的に導入していました。
そのひとつが、「王をヒンドゥー教の神の化身としてみなす」という考え方で、これをタイ王室の権威強化に利用しました。
現在もタイの王室儀礼はインド式占星術を使って日時を決定しており、バラモン僧が重要な儀礼を執り行います。
さらに、タイの国王は、今も「ラーマ○世」と呼ばれることがあります。
これは、インドから伝わった叙事詩「ラーマーヤナ」のラーマ王にちなんだ呼び方であり、ラーマの称号を用いることで王室に正当性を与えています。
アンコール朝(カンボジア)
802年に建国されたカンボジアのアンコール朝は、王国が拡大してゆく中でインドの王権思想を取り入れていきました。
そして、タイと同様に「王をヒンドゥー教の神の化身としてみなす」考えが広まりました。
12世紀前半に建築されたアンコールワットは、「宇宙の中心」とする世界観を具現化したヒンドゥー教寺院です。最盛期には数十万人もの人口を擁する大都市でした。
チャンパ王国(ベトナム)

ベトナムの現在のホイアン周辺に、ミーソン寺院建築群というヒンドゥー教の遺跡群があります。
ミーソン寺院建築群は、2世紀末から17世紀頃までベトナム中部で勢力を持っていたチャンパ王国がインド文明を受容してヒンドゥー教の神々を祀るために築かれました。
チャンパ王国でも「王をヒンドゥー教の神の化身としてみなす」思想を取り入れ、王が代わる度に祠堂が建立されました。
祠堂の内部には、ヒンドゥー教の神であるシヴァ神のレリーフが置かれ、壁面の彫刻などからもインド文化やヒンドゥー教からの影響が見てとれます。
インドから東南アジアに伝わった宗教
現在の東南アジアで主に信仰されている宗教は、上座仏教、イスラム教、キリスト教などです。
しかし、東南アジアにはそうした宗教が伝わる以前に、インドから伝わった大乗仏教とヒンドゥー教が栄えた時代がありました。
以下では大乗仏教とヒンドゥー教がインドから東南アジアにどう伝わり、どういった影響を及ぼしたかを紹介します。
大乗仏教
東南アジアに伝わった仏教には、中国ルートで伝わった大乗仏教と、スリランカ経由で伝わった上座仏教の2つがあります。
- 大乗仏教|5~6世紀頃までに中国経由で東南アジアに伝わる
- 上座仏教|14世紀以降にスリランカ経由で東南アジアに伝わる
現在、大乗仏教を信仰しているのは中国経由で大乗仏教が伝わったベトナムと、中国移民をルーツとする東南アジア華人などに限られます。
そんな大乗仏教が東南アジアに伝わったころに建設された壮大な大乗仏教建築物の一つが、インドネシアのボロブドゥール寺院です。
大乗仏教の建築物:ボロブドゥール寺院(インドネシア)

8世紀半ばから9世紀前半にかけてジャワ島中部で繁栄したシャイレーンドラ王朝では、大乗仏教を信仰して厚く保護した王により、ボロブドゥール寺院が建設されました。
現在では世界一のイスラーム人口を擁するインドネシアにも、実はイスラーム教が伝わるより以前に大乗仏教を信仰する王国が栄えた時代があったのです。
ボロブドゥール寺院は、一辺が120mもある階段ピラミッド状の石造りの巨大仏教寺院で、中には500体以上もの仏像が祀られています。
ボロブドゥール寺院はピラミッド状の建築構造をしており、これは地元の山岳信仰の影響を受けていると考えられます。
ヒンドゥー教
東南アジア各地の4-6世紀頃の遺跡からは、南インドの文字が書かれた荷札や碑文、インドの神ガネーシャ像などがみつかっています。
各地にヒンドゥー寺院が建てられたり、ヒンドゥー教が宮廷で受け入れられるなどしながら、東南アジアにヒンドゥー教が広く伝わりました。
そのため、現在はヒンドゥー教を信仰していない地域にも、それ以前に建てられたヒンドゥー教建築物は多数残っています。
前述したカンボジアのアンコールワットやベトナムのミーソン遺跡群もヒンドゥー教建築物でしたが、それ以外にもヒンドゥー教文化が栄えた例をご紹介します。
ヒンドゥー教の建築物:プランバナン寺院群(インドネシア)

プランバナン寺院群は、ボロブドゥール寺院の建設から約100年後、同じインドネシア・ジャワ島のジョグジャカルタ周辺に9世紀半ばに建立されたヒンドゥー教寺院です。
8-9世紀に繁栄したヒンドゥー王国である古マタラム王国のサンジャヤ王統により建立されました。
また、プランバナンにもボロブドゥール寺院と同じような地元の山岳信仰の影響を見ることが出来ます。
神殿にはヒンドゥー教の神々が祀られていますが、外壁にはラーマーヤナ物語を題材にしたレリーフのほか、山岳信仰において「聖なる山」を表すライオンや鹿などのレリーフも彫られています。
ヒンドゥー教の島:バリ島
ヒンドゥー教は一時は東南アジアの広範囲に伝わって受容されましたが、その後イスラム教など他宗教を信仰する勢力に追われるようになりました。
現在ではバリ島以外でのヒンドゥー教信仰者は少数となりました。
ではバリ島にはなぜ今もヒンドゥー教徒が多いのでしょうか。
バリ島には、ジャワ島を起源とするヒンドゥー教のマジャパヒト王国の末裔が16世紀頃にイスラム勢力から逃れてたどり着きました。そして、地元支配者と融合してヒンドゥー信仰を守りました。
そんなバリのヒンドゥー教は「バリヒンドゥー」と言われ、ジャワ島から伝わったヒンドゥー教、仏教、バリ島の土着信仰の3つが融合した宗教です。
このバリヒンドゥー文化は他のどの地域にも見られない独自の世界観を持つことから、その独自性が今日の観光地としてのバリ島の魅力にもつながっています。
このように、東南アジアの遺跡からは、かつて東南アジアの広い地域にインドから伝わった大乗仏教やヒンズー教が栄えた時代があったことがわかります。
インドから東南アジアに伝わった文化

インドから東南アジアに伝わった文化は、東南アジア各地を観光などで訪れたときに目にする機会が多いと思います。その代表的な例をご紹介します。
ラーマーヤナとマハーバーラタの演目
ラーマーヤナとマハーバーラタは、どちらもサンスクリット語で書かれたインドの二大古典叙事詩で、ヒンドゥー教の聖典でもあります。
インドから伝わったこの二大叙事詩は、絵画、彫刻、建築、音楽、舞踏、演劇、映画など様々な形態で東南アジアの芸術文化に大きく影響を与えてきました。
古代インドで成立したといわれる長編叙事詩。ラーマ王子が誘拐された妻の救出に向かう冒険物語がヒンドゥー教の神話とともに語られている。
インド・アーリア人部族の一つ、バラタ族が王位継承をかけて親族間で争う戦いの物語。古代インドにおける人生の四大目的も物語中に示唆されている。
東南アジアを訪れると、ラーマーヤナやマハーバーラタを題材にした文化的要素に出会うことが度々あります。以下でその具体例を紹介します。
タイ舞踊

タイ舞踊の1つである「コーン」という仮面劇では、ラーマーヤナが起源である「ラーマキエン」という物語が演じられます。
ラーマーヤナをもとにしてつくられたタイの古典文学。アユタヤ王国のラーマ王子の英雄物語で、ラーマーヤナにはない登場人物やエピソードも追加されている。登場する人物にはすべてサンスクリット語由来の名前がついている。
像やモニュメント

バンコクのスワンナプーム国際空港には、マハーバーラタやラーマーヤナにも登場する天地創造伝説のなかの「乳海攪拌(にゅうかいかくはん)」といわれるシーンをモチーフにしたモニュメントがあります。
この「乳海攪拌」のシーンは、アンコールワットの壁画にも描かれています。
また同空港内にはさらに、ターミナル内に巨大像が何体かあります。これらは、ラーマキエンに登場するヤックという鬼(夜叉)で、魔除けの守護神です。
ヤック像は門番としてタイの寺院の入口に建てられていることもあります。
ワヤンクリット

ワヤンクリットはインドネシアのジャワ島の伝統芸能で、水牛の皮で作られた人形を用いた影絵芝居です。
ラーマーヤナとマハーバーラタはワヤンクリットの定番の演目です。
ワヤンクリットは、14世紀に栄えたマジャパヒト王国の時代に花開いた「ジャワ・ヒンドゥー文化」の一つです。
「ジャワ・ヒンドゥー文化」はジャワ島の伝統とヒンドゥー文化が融合していることが特徴で、他にも、ガムラン音楽、バティック(ジャワ更紗)などがあります。
これらマジャパヒト王国時代に栄えたジャワ・ヒンドゥー文化は、現在のインドネシア文化の原型となったといわれます。
インドからの影響を色濃く受けた時代の文化が、現在まで続くジャワ島の代表的な文化なのです。
ケチャックダンス

バリ島名物のケチャックダンスでも「ラーマーヤナ」を題材にした演目が行われます。
上半身裸の男性たちが50-100人ほど集まり、「チャ・チャ・チャ・・・」と独自の掛け声で歌いながら、ラーマーヤナの物語を演出します。
ケチャックダンスはもともとは魔除けのための宗教儀礼でしたが、1930年にバリ島の観光用舞踊として再編され、現在の形になりました。
インド神話の神
インド神話には様々な神が登場します。
その中でも最も重要なのは、ブラフマー、ビシュヌ、シヴァの三神です。
- ブラフマー:ヒンドゥー教の最高神の一柱である「宇宙創造の神」
- ビシュヌ:保護と維持の神
- シヴァ:破壊と再生の神
その他にも、ガネーシャ、ガルーダ、クリシュナ、ラーマ、ハヌマーンなど様々な神がいます。
これらの神々は、東南アジアの様々な場所でモチーフとして使用されたり、その神像が祀られたりしています。
ブラフマー
タイでは、一般の人々の間でもインド神話の神が敬われています。
たとえば「宇宙創造の神ブラフマー」像にはご利益があるとされ、タイの街角のあらゆるところで祠に祀られています
タイで事故が絶えなかったホテルの建設現場にブラフマー像の祠を建てたところ、ピタッと事故が止まったという実話は有名です。
ガルーダ

ガルーダは、インド神話に登場する神鳥です。
ヴィシュヌ神の乗り物であり、遺跡にはガルーダに乗ったヴィシュヌ神のレリーフが彫られています。
ガルーダはインドネシアでは知識、力、勇気、忠誠、規律などを象徴する生き物とされ、様々なものに採用されています。
たとえば、インドネシアの国営航空会社ガルーダ・インドネシア航空は、安全で快適な空の旅を提供するというコンセプトからガルーダの名を冠しています。
またインドネシアの国章もガルーダをモチーフとしており、そこに書かれている国是「多様性の中の統一」は、前述したマジャパヒト王国時代に使われていた古代ジャワ語の「ビンネカ・トゥンガル・イカ」に由来しています。
また、タイでもガルーダなどインド神話に登場する神々は国章や王国旗、王室専用船などに採用されています。
バンコクにあるエメラルド寺院(ワット・プラケオ)や王宮には、ガルーダやヤックがその建物の壁面を支えているような形で装飾されています。

まとめ
東南アジアにはインドから様々な要素が伝わり、それらの要素が東南アジア各地の国づくりや文化に非常に大きな影響を与えました。
国づくり、国章や国是、代表的な建築物、国を代表する文化芸能などの様々な部分に今でもインドやヒンドゥー教からの影響が残っています。
それらは、現在ヒンドゥー教があまり信仰されていない地域であっても、そのまま継承されています。
東南アジア各地の基礎が固められてきた時代に欠くことのできなかった要素、それこそがまさにインドから伝わった思想、宗教、文化でした。
観光目的で東南アジアを訪れた時、現在の各地域の主要な宗教とは異なる宗教建築物やモチーフを観ると一瞬混乱してしまうことがあるかもしれませんが、それには実はこんな歴史的な経緯があったのです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
参考文献
- 古田元夫『東南アジアの歴史』2018. 放送大学教育振興会
- 綾部真雄『タイを知るための72章【第2版】』2014. 明石書店






